7月23日

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 今朝は博士がやってきて、今日は検査をするから、と告げていきました。よく解りませんが、私の出力や性能といったものの安定性を確認したいそうです。バイトの方は、いい結果が出るといいんだがね、とおにぎりをくわえながら呟いていました。おにぎりは朝食で、握った米を海苔で包むようにしました。三種用意しており、中身は梅、昆布、鮭です。朝は他に、部屋の掃除などをしました。基本的に本を読んだりテレビを見たりして、人間について学ぶのがいつもの生活ですが、一週間に一度くらいは全体の掃除をした方がいいと判断したためです。

 昼になるとバイトの方がきたので、鯖の味噌煮と白米、それからお新香と味噌汁を作りました。それらを食べ終えたころに助手さんが部屋にやってきて、バイトの方と私を呼びました。バイトの方は立ち会いになるそうです。しかしただのバイトの方が私の検査に立ち会えるはずもなく、彼は関係者だということでした。助手さんは知っていたようで、苦笑していました。

 検査は簡単な口頭試問、各部マニピュレータの出力検査、動体視力などを検査しました。基本的に所定の動作をこなすことができるかをチェックするのが目的のようです。部屋にあるはめ殺しの窓の向こうからは、何人かの人が立会人として私の検査の様子を見ていました。具体的には、博士、助手さん、バイトの方、研究所の職員三名、そして見慣れない方が二人いました。見慣れない方は濃くて暗い緑色の軍服を着ていました。どちらも身体付きはしっかりしていて、バイトの方が一番その体格に近かったです。検査は滞りなく終了し、何も問題はないとのことでした。ただ様子を見たいので、次の動作確認に入る前に、しばらくは今まで通り生活しなさいとのことでした。

 その後、博士と軍服の方が話していました。どうやら私の開発資金は、この国から出ているようです。軍服の方は、国の代表の指示で私を作るように博士に頼んだそうです。しばらく私の動作について話したあと、博士は私が本当に必要なのか、と軍服の方に問いました。彼は頷くと、私がいなければ状況は何も変わらないと答えました。博士は、人でなければどうなってもいいというのか、と強く言いました。軍服の方々は、少なくとも体裁は保つことができる、と苦笑していました。バイトの方は何も言わず、隅のほうで壁にもたれてじっとしていました。博士と軍服の方が言い合っている間に関係を訊ねると、軍服の方は彼の上司だということが分かりました。どうやら彼は国の方の指示を軍服の方が博士に伝えたことで、博士がきちんと要望通りのものを作り上げるか、といったことについて確かめるという役目も持っているようです。ただこのことは博士には言わないでほしい、と言われたので、私はそれを命令として処理することにしました。

 結局話し合いは、最後に博士が彼らを追い出す形で終わりました。何があったのかは、記録していなかったのでわかりません。検査を終えた私は、バイトの方と一緒に屋上へ向かうことにしました。空はどこまでも青くて、記録しようと思っても不可能であるように判断されました。空というものは、私の視覚領域を超えて広がっているのです。今日は分からないことが二つありました。まず世の中というものが分かりません。どうしてか、私の部屋のテレビは、録画された映像しか映し出さないようです。これについてはバイトの方から教えていただきました。彼は、何が起こっているか知られたくないんだろ、と言って、屋上に寝転がりました。帽子は顔に乗せて、日よけ代わりにするようです。何故知識を仕入れろと指示した相手が、知識の抑制を行うのか、と訊ねたところ、万が一の可能性すら淘汰したいんだよ、あのおっさんは、という返事がありました。しかしその返答で私が理由を理解することはありませんでした。人というのは、事実をありのままに伝えない、わかりやすい形で伝えないという、不思議な生き物のようです。意思を伝えるために言葉があるのに、意思を誤魔化すというのは、本末転倒であるように判断できます。

 夕食はラーメンを作りました。本日もまた、考えることが多いようです。それでは、行動を停止します。


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