朝、私は早速バイトの方にお礼を言いました。彼は何のことか理解できていないようだったので、屋上のことだと告げると、そんなことでいちいちお礼を言う必要はない、と言われました。しかし感謝の気持ちを感じたのであれば、お礼を言うのがルーチンワークです。彼の言っていることはまだよく解りません。
それから、ご飯と出汁巻き卵と納豆という朝食をバイトの方が終えたころ、博士が部屋にやってきました。日記の進捗はどうか、確かめに来たようです。私は今のところ異常もなく、毎日書いているということを告げました。すると博士は、書くのはいいが、単に情報を記すだけでは意味がないよ、と言いました。つまるところ、文章表現を工夫しろということだそうです。しかしながら、感情などを交えた文章を心がけるのは私には不可能であると判断できます。何故ならば、私は感情を持たず、また感情を理解できていないのです。ですが、できうる限り顔筋データなどの照合から、どのような表情であるかは判定するように行動します。
昼になると、バイトの方は用事があるからと、助手さんを置いていきました。表現としては不適切かもしれませんが、文字通り、私の部屋のソファに、小脇に抱えた彼女を置いていったのですから現象としては正しいでしょう。何さらす、と助手さんはバイトの方に対して叫んだように聞こえましたが、意味は分かりませんでした。疲れたように肩を落とした彼女はまだ昼食を摂っていなかったようなので、私が作ることになりました。保持しているレシピと彼女の要望を照らし合わせると、ドリアが適当であることが分かりました。助手さんのおばあさんはゲロ飯と言っていたそうです。何故吐瀉物と食事を組み合わせるのでしょうか。人はそう言ったことが苦手だと記録にあるのですが、やはり一つのデータだけでは整合性は得られないようです。
ドリアができると、助手さんはおいしいと言って食べてくれました。私も頭にプラグを差し込みます。同時に熱が出るので、各関節、他に二の腕などから廃熱を行います。彼女は眉根を寄せて私を見ていました。積極的に話しかけることもしてくれます。私のこれまでの学習データには、助手さんは周りとかかわることが苦手なタイプと記録されているのですが、判断ミスの可能性が否めなくなってきたので、保留とします。ただそのことを彼女に訊ねると、助手さんは人付き合いは苦手だと苦笑されました。しかし彼女はこの、研究所というコミュニティに所属し、社会生活を送っています。そう言うと、彼女はなおも苦笑を崩さないまま、人と話すことが苦手だと言いました。具体的には表情を出すのが苦手だとも、補足されました。だからきつい女、冷たい女だと噂されることになる、と揶揄されていました。そしてまた、その印象から避けられることになるそうです。
どうやら、人は表情を出し、話すことができなければ、悪評を広められ、更にはコミュニケーションをとることさえできなくなるようです。人が他人と暮らしていくには、満たさなければならない条件のようなものがあるということでしょうか。
夜になるとバイトの方が返ってきて、そうめんを所望されました。曰く、仕事仲間と流しそうめんの話になったことが原因だそうです。残念ながらこの近辺に竹林はないので、すのこを乗せた器に盛って出すことにしました。トッピングは錦糸卵、海苔、キュウリの三種を用意し、薬味には葱と生姜を添えました。
こうして一日を思い返し、確認できたことですが、屋上の使用許可が出たにもかかわらず、私は今日、屋上には出ませんでした。なので、情報を取り入れるためにも、明日は屋上を訪れることを記録し、本日の活動を終了いたします。
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