作るモノと作られるモノ

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三章:[W]here is spirit of doll[?]



 夜というには、深く沈みきった時間。
 深夜という時間に、街はおろか、空さえも暗く染められている。
 その闇を押しのけるように、エメラルドの輝きを持った少女が歩道を歩いていた。
 両手には何本かの、二メートルはある銀の棒を抱え、歪みの大きくなった身体の音を聞きながら、彼女は刻まれた旋律(せんりつ)を元に足を動かす。
 周囲からは、路地を抜けたときより既に妖魔(ようま)の気配がある。
 昨晩だけでもかなりの消費をしたが、それに見合うだけの結果──彼女に関わればどうなるか、ということを教え込むことはできた。
 遠巻きに敵意をぶつけられながら、初めて見るそのドアを開ける。
 静寂を揺らすように、取り付けられたベルが鳴り響く。
 カウンターを肘置きにして紙面に目を通すのは、知ってはいるが、見たことのない男だ。
 そして、相手もそれは同じ。
「・・・・・・何の目的かな?」
 用事ではなく目的と問い、加えて紙面をカウンターに置く態度にはやや不自然さを感じる挙動。
 その違和感は無視できるほど些細(ささい)なものだが、ここではそれをしてはいけないと彼女の経験が告げている。
「これ、売りに来た」
 警戒を解かないまま、一メートルの距離を残してカウンターに歩み寄り、抱えた棒を水平に差し出す。
 突然の行動に店のマスターは一瞬呆(ほう)けたようになり、
「それを受け取り、どうしろと?組織の一員である私に」
 さすがという時間で、冷静さを取り戻す。
 だからこそ、彼女も油断はできない。さりとて引くことも同じ。
「解ってる」
 頷き、
「でも、これを売れるのはここだけ」
「どうして、そこまでして金銭を求めるのかな?」
 二つ目の問いへの答えに、やや逡巡(しゅんじゅん)する。
 金銭を求めているわけではない。ただ、今ある目的を達成するためにそれが必要だというだけのことだ。
 彼女は頷きでそれを確認し、言葉をまとめる。
「家がいるから」
 言ってみればなんでもないことだ。
 だが、それは彼女という存在を知る相手には不可解であり、目を見開くほどの驚きを得る出来事らしい。
「それが、君が組織という保護を抜けた理由か?」
 それは違う。
「保護とはそこから離れていくためのものだから。保護というぬるま湯でも、つかり続けていればいずれのぼせて動けなくなってしまう」
 それは求めることではないし、
「教えてくれた。私も、何かを得ることができるって」
「・・・・・・奴は、自業自得だったとでも言いたいか?」
 やや怒りを含んだ言葉に、彼女は首を振る。
 奴。それはつまり彼女のパートナーだった男であり、彼女が自由を得るために作り出した犠牲(ぎせい)でもある。
 仮にも二年を共に過ごした相手を、卑下(ひげ)する気はない。
「彼は違う。私は思い出しただけで、彼は出て行く私を止めただけ」
「だから殺したわけか」
「今までしてきたこと。魔術師も妖魔も、邪魔をするなら壊すだけ」
 学んだことを告げれば、弊害(へいがい)だな、と吐き捨てるように言うのが聞こえた。
 彼女には、理解できないことだ。
全てが必然であり、言われたことを行ってきただけの彼女には。
「ならば、今はどうする?」
 声に含まれる響きに合図めいたものを感じ、彼女は視る。
 室内。カウンターの裏に二人と、天井に二人、そして一際大きな商品棚の影に一人。最後は一応死角に入っているので気付かれていないとでも思っているのだろう。
 彼女にとって、世界とは流れだというのに。
 思うと同時、風が来た。
 距離としては一番近いマスターが適当だが、左右にいる黒服を考えれば迂闊(うかつ)に手出しすることはできない。
 力を込めれば邪魔立てするだろう黒服ごと殺害することもできるだろうが、残念ながらその隙に天井の黒服に襲われる可能性がある。
 だから一足、後ろへと身体を飛ばす。
 人形の動力はそれだけで彼女に部屋を横断させ、二歩目はドア付近の木目を踏んだ。
そのタイミングで接近するのは、ナイフを持った男が一人だ。
 彼女は着地の勢いを、ステップと右足を軸にした円錐(えんすい)運動(うんどう)を加えることで殺さないままに流れを変え、左腕に構えた銀に乗せて飛ばす。
 生まれた結果は、彼女の身体の安定、そして吶喊(とっかん)した男が壁に磔にされたというもの。
 貫いたのは鳩尾(みぞおち)。もはや戦闘はできない。
 動作を終えて立ち止まる彼女に見えるのは隙であり、しかしそんなものは存在してはいない。
 殺到(さっとう)した四人が、重奏(じゅうそう)という一音で吹き飛ばされる。
 一動作で投擲(とうてき)された四つの銀器は、違う角度で殺到した黒服らの急所を正確に貫き、先と同様に壁に縫(ぬ)い付ける。
 まるでボードにメッセージをピンで留めるような気軽さで。
 全てを終え、元より傷だらけの服をはらい、
「建前(たてまえ)、大変ね」
 簡単に、それだけを告げる。
 対するマスターは、悲しみと怒り、相反しているようで、しかし類似した感情を面(おもて)に浮かべ、
「・・・・・まったくだ」
 武器であるナイフを彼女の見える位置、カウンターに置いた。
その間にマスターに近寄っていた彼女が、おもむろに差し出すのはその掌だ。
 意味が分からず眉を顰(ひそ)めたマスターに、彼女は相変わらず無表情なままで一言を口にした。
「お金」
 それが、マスターの琴線(きんせん)に触れたらしい。
「ふ・・・・・は、ははははは」
 空気の抜けるような呼気に一拍遅れて、爆(は)ぜるのは笑いの音だ。
しかしおそらく心からの響きであろうそれを彼女は理解できず、無表情に思ったことをそのまま口にするしかない。
「何が面白い?」
 マスターは息を落ち着けるように数度弾ませると、
「ああ。すまない。だが、ああ。怒りも悲しみも、私の中に閉じ込めておくものでしかないようだ」
 答え、レジから適当に掴んだ紙幣を彼女へ差し出す。
 その表情はどこか吹っ切れたようで、彼女はいつか自分もそれを感じられるようになるのだろうかと思う。
 理解を先に送り、無骨(ぶこつ)な手に束ねられたそれを受け取る。
裂け目がいくつかある服のポケットは右が使い物にならなくなっているので、左を選択し、紙幣をねじ込む。
 そのまま、無言でマスターに背を向けた。
 ここが最後のタイミングだ。
 マスターにとっては無防備な背中が眼前にある。今ナイフを手にして、それをまっすぐ突き出すだけで彼女は動かなくなるだろう。
 スコアさえ傷つけなければ、彼の手元には一生を遊び呆けて有り余るだけの財産が転がり込んでくる。それは人にとってはこの上ない魅力のはずだ。
 だが、いつまで待ってもそれは来なかった。
 代わりに投げかけられるのは、なんでもない別れの挨拶だ。
「まあ、また気が向いたら来なさい」
 小さく頷き、外に出る。
 息を吸い、吐く。必要のない機能であり、事実彼女の口元に呼気(こき)の動きはない。
 それでも、彼女のスコアは何故かそうすることを選択した。
 そして空に浮かぶ蒼(あお)い月に誓うように、告げる。
「探しに、行こう」
 まずは、自分の居場所を──。

■[W]here is spirit of doll[?]

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組織:人形を持って妖魔(ようま)を廃絶(はいぜつ)しようとする集団のこと。基本的に妖魔に対しての心象はよくない。

銀の棒:彼女の身体から排出される水銀で作られる。ただし銀を含んでいるので価値はある。ちなみに水銀は自動人形にとっては血液でもあり、神経でもある。

 黒服:一般的な妖魔や魔術師、自動人形に対しては戦えるのだが、今回は相手が悪かったので瞬殺されてしまった。


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